限界集落に行ったときのこと
なるかみこ@narukamiko
大学のゼミ仲間と、山奥にある“限界集落”に調査に行ったときの話だ。教授の紹介で、かつて木地師(きじし)が住んでいたという集落跡を訪ねることになった。当時の僕たちは民俗学に夢中で、「今は誰も住んでいない村」にロマンを感じていた。
車を降り、地図にも載っていない旧道を2時間ほど登ると、鬱蒼とした杉林の奥に、ぽつりぽつりと崩れかけた民家の残骸が見えてきた。
「ここか…」
その集落の名前は「ツチノノ村」。正式な記録ではすでに昭和30年代に無人化したことになっているが、村の入り口に立っていた木製の看板には、なぜか墨で新しく書き加えられたような文字があった。
なるかみこ@narukamiko
「下るな」「音に返すな」「祀ること」
気味が悪くて一瞬足が止まったが、他のメンバーは気にせず進んでいく。廃墟マニアの岡田がはしゃいでスマホを構えていた。日が傾きはじめた頃、斎藤が古い祠(ほこら)を見つけた。苔むした石の周りには、まるで何かを囲むように輪のような溝が掘られていた。
「ここ、地図にないな…」「この溝、なんだ?……なんか音が反響しない?」
確かにその場に立つと、妙に耳が詰まるような感じがする。話し声も、足音も、少しズレたように“返ってこない”。
なるかみこ@narukamiko
そのとき、岡田が不用意にその輪の中へ足を踏み入れた。「おーい、なんか見えるぞ、これ――」次の瞬間、岡田の姿が、音もなく消えた。岡田が消えた瞬間、音も風も一気に凍りついたように感じた。まるで世界から一部分だけが“切り取られた”みたいに。
「…え? どこ行った?」「おい、岡田!ふざけんなよ!」
叫んでも返事はない。スマホの電波は当然圏外。輪の内側には何の痕跡もなく、まるで最初から存在しなかったような静けさが漂っていた。
斎藤が「これ、やばい」とつぶやきながら、祠を覗き込んだ。中には人形のようなものが納められていた。いや、違う。土でできた…いや、土に“埋まっている”顔だけが見えている何か。それがうっすらと湿っていて、今も呼吸しているようにも見えた。
なるかみこ@narukamiko
「もう帰ろう」と言い出したのは自分だった。日が暮れる前に森を抜けようと急いだが、歩いても歩いても、なぜか同じところに戻ってきてしまう。鳥居、祠、倒れた家。すべて同じ位置に。
そして、日が完全に沈んだとき、突然“音が返ってきた”。誰も何も話していないのに、耳元で聞き覚えのある声がする。
「おーい、なんか見えるぞ――」
なるかみこ@narukamiko
岡田の声だった、けれどどこから聞こえるのか分からない。周囲は完全な闇。だが、その“反響”は僕らの真後ろ、木の根元の下から聞こえていた。斎藤が音のする方向を懐中電灯で照らした。すると、木の根の間に穴のようなものが開いていて、そこに人の指が見えた。
泥に塗れた指が、音に合わせて動いている。「――それ、開けちゃダメだ!!」
誰かの声が、背後から飛んできた。振り返ると、白い作務衣の老人が立っていた。この村にもう誰もいないはずなのに。
なるかみこ@narukamiko
「それは、“呼ぶ穴”だ。声が届くと、返してくる。だが、“別のもの”が混ざってくるんだ」
そう言って、老人は僕らを強引に引き戻した。その夜は、森の中で焚き火をしながら、震えるしかなかった。朝になると、穴はなくなっていた。祠も。輪も。
あの日、岡田はいなかったことになっていた。大学でも調査記録から彼の名前は消え、誰も覚えていなかった。…僕と斎藤以外は。
なるかみこ@narukamiko
だが斎藤は、それからすぐに姿を消した。家族は「夜中にひとりで山へ入った」と言っていた。置き手紙が一枚だけ。
「音が返ってきた。次は、お前の番かもしれない」
斎藤の失踪から1年が経った。あの出来事以来、俺は山に近づくことも、調査に参加することもやめた。だが――“音”は俺の生活から消えてくれなかった。夜、誰もいない部屋で電話が鳴る。出ても、何も聞こえない。ただ、“受話器の向こうで、自分の声が返ってくる”。
なるかみこ@narukamiko
録音アプリを使ってみたことがある。再生すると、そこには俺の声じゃない何かが、低く笑っていた。
「もう下にいる」
その声が録音された翌朝、机の上に土まみれの指が置かれていた。斎藤の指だと、直感で分かった。
でも、DNA鑑定も何もできない。“証拠”は、すぐに跡形もなく消えていた。
限界だった俺は、あの山へ向かった。ツチノノ村――の跡地。地図には今も載っていない。だが、足は自然とあの場所へ向かった。祠はなかった。鳥居も看板も。ただ、例の“輪”のような凹地だけが、何も変わらずそこにあった。
俺はそっと耳を澄ませた。――何かの“音”がしている。誰かが小声で囁いている。
「もうすぐ…開く…」「音、音を、返して…」
なるかみこ@narukamiko
俺は、声に出してこう言ってしまった。
「――返すよ」
次の瞬間、地面が崩れた。足元が開き、泥と影が俺を飲み込もうとしたとき、再び、あの老人の声がした。
「名前を呼ばせるな!戻れ!」
気づくと、俺は自宅のベッドにいた。まるで悪い夢を見ていたように。けれど、部屋の床には、泥の足跡が続いていた。鏡に映る自分の背後に、“音もなく立つ何か”が見えた。
それは、斎藤ではなかった。
なるかみこ@narukamiko
もっと昔から“ここにいたもの”。村が祀り、封じ、忘れようとした“音の底にいるもの”。耳をふさいでも、脳内に響いてくる。
「返して」
俺はもう、毎晩誰かと“話している”。でも相手は、人間じゃない。次は、君の番かもしれない。…もし、今、耳鳴りがしているなら。
ななし@9FQ2K7A
マジで音系ホラー苦手なのに読んじゃったわ
自分の声が返ってくるとか、それもう電話とか録音できんやん…
ななし@X5M0E8R
ツチノノ村=土の呪(のろ)って意味かこれ?
“音を返すな”って忠告、今読み返すとめっちゃ重要だったんだな
岡田…
ななし@C6W1L4Z
最終話の「返すよ」で完全にやられたわ
あの瞬間、自分だったら絶対返事しちゃいそうで怖い
返事したらアウトってやつ本能的にヤバい
ななし@T3N8BqH
このシリーズ映画にしてほしいレベル
音の反響と集落の静寂をサウンドデザインで表現したら相当怖そう
てかこれ“戻ってきた”ものの正体なんだったんだろ…
ななし@0J9D2Ym
これ途中で出てきた老人、実は“最後の祀り手”だったんじゃね?
「名前を呼ばせるな」ってセリフ、めちゃ重い
読後、静かな部屋にいるの無理になったんだが…


